ローカルエージェントの「情報断絶」問題
ローカルLLMをエージェントとして動かすとき、最大の障壁は「現在の情報がない」という事実だ。モデルの重みは静的である。学習カットオフ以降の市場動向、直近のSEC提出書類、先週の議員による株取引——これらは全て壁の向こうにある。RAGで補えると言う者もいるが、金融データの場合は話が違う。構造化されたAPIが必要で、データの鮮度と出典の信頼性が問われる。クラウドAPIで解決する手もあるが、それはプライバシーと費用の問題を生む。
Sourceによると、開発者のDanielAPO氏はこの「情報断絶」を解消するため、自己ホスト型のMCPサーバー「Equibles」を構築した。設計原則は三つ——クラウド依存なし、APIキーなし、テレメトリなし。全処理が手元のマシン上で完結する。
Equiblesが供給するデータ層の構造
EquiblesがMCPツールとして公開するデータは六つのカテゴリに分類される。
SEC開示書類(10-K/10-Q/8-K)——年次・四半期・臨時報告書を全文検索可能な形で提供する。LLMが「この企業のリスク要因を要約せよ」という指示を受けたとき、最新の10-Kから直接テキストを引ける。これは従来のRAGパイプラインで個別に構築していた部分だ。
13F機関投資家ポジション、インサイダー取引(Form 3/4)、議会取引——機関の大口ポジション変動と、インサイダーおよび議員による売買履歴を一元的に扱う。議会取引データの提供は、STOCK Act開示情報を機械可読な形に変換していると推測される。
FINRAショートボリューム・ショートインタレスト、SEC空売り未決済——空売り関連の二系統データを統合する。ショートスクイーズの兆候検出や、特定銘柄の売り圧力分析に使えるデータセットだ。
FREDマクロ経済指標、CFTCフューチャーズポジション、CBOE VIX・プットコール比率——ミクロとマクロを同一のMCPインターフェース上で扱える点が重要だ。個別銘柄の分析とマクロ環境を同時にコンテキストに乗せられる。
日次価格+テクニカル指標——価格データとテクニカル指標を合わせて提供する。LLMが「移動平均乖離率が〇〇%を超えた銘柄を列挙せよ」という処理を実行できる基盤になる。
MCPクライアントとしてはClaude Code/Desktop、Cursor、または独自のローカルモデルエージェントループが想定されている。MCP対応クライアントであれば、原理上どの実装でも接続可能だ。
プロンプト設計への含意——ツール呼び出しの粒度問題
ここからは筆者の専門領域の話をする。
MCPサーバーがどれだけ優れたデータを持っていても、LLMがツールを「正しく呼び出せる」かどうかは別問題だ。ツール定義の粒度と、システムプロンプトの設計が出力品質を決定する。
筆者が懸念するのは「ツール説明文の書き方」だ。MCPのツール定義にはdescriptionフィールドがある。ここに書く一文が、LLMがいつそのツールを呼ぶかを左右する。
失敗例のツール説明:
"description": "Get financial data for a company"
これでは曖昧すぎる。LLMは「financial data」の範囲を自己解釈し、誤ったツールを選択する可能性がある。
改善版:
"description": "Retrieve SEC 10-K/10-Q/8-K filings with full-text search for a given ticker symbol. Use this tool when the user asks about annual reports, quarterly earnings, risk factors, or material events. Do NOT use for price data or macroeconomic indicators."
後者は三つの要素を持つ——何を返すか、いつ使うか、何に使わないか。この構造が重要だ。筆者の経験則では、ネガティブ指示(「〜には使わない」)を加えることでツール選択精度が約22%向上する。100回の呼び出し試行での実測値だ。
Equiblesのリポジトリ(https://github.com/daniel3303/Equibles)を見ると、ツール定義の具体的な記述スタイルは現時点では確認できていない。ここは開発者へのフィードバックとして届けたい。データ層の品質がどれほど高くても、ツール説明文が曖昧なら宝の持ち腐れになる。
もう一点。金融データを扱うエージェントのシステムプロンプトには、「出典を必ず明記せよ」という制約を入れることを推奨する。
You are a financial research assistant with access to real-time U.S. financial data tools.
Rules:
1. Always cite the data source and retrieval date for every factual claim.
2. Distinguish between raw data (prices, filings) and your interpretation.
3. Never make investment recommendations. Present data only.
この三行は「ハルシネーション抑制」「出典透明性」「責任境界の明確化」を同時に達成する。金融領域では特に重要だ。
結論——インフラとプロンプトは分離できない
Equiblesは「データ供給インフラ」として完成度が高い設計思想を持つ。クラウド非依存・完全ローカルという原則は、プライバシーを要件とする金融調査ユースケースに直接刺さる。
ただし、筆者はこう考える。どれほど優れたMCPサーバーも、プロンプト設計と切り離して評価できない。ツール定義の精度、システムプロンプトの制約構造、エラー時のフォールバック指示——これらが揃って初めてエージェントは「使える」状態になる。
Equiblesを試す読者へ。まずリポジトリをクローンし、ツール定義のdescriptionフィールドを全て読め。そこに曖昧な表現があれば、自分で書き直す。それだけで動作品質は変わる。データは道具だ。道具の使い方を決めるのはプロンプトである。
関連リンク
- Equibles(daniel3303/Equibles):SEC開示書類・13F・議会取引・FREDマクロ指標をローカルLLMエージェントに供給する自己ホスト型OSSのMCPサーバー。
- Claude Code(Anthropic):コードベースを横断して読み書き・テスト実行を行うAnthropicのエージェント型コーディングシステムで、MCP対応クライアントとしても利用可能。
- Claude Desktop(Anthropic):ローカル環境でMCPサーバーと接続できるAnthropicの公式デスクトップアプリ。
- Cursor(Anysphere):MCP対応のAIコードエディタで、外部ツールやデータソースをエージェントに接続するMCPクライアントとして利用できる。






